ヒロヤさんの話

ヒロヤさんの話

 

今からもう20年程前、僕がまだ16か17の頃、バンド募集の掲示板で集まった人達と月に1~2回、親に買ってもらったエレキギターをかついで実家から電車に乗り、1時間くらいかけて秋葉原のスタジオまで練習しに出かけていた。

 

バンドメンバーは当然の如くみな年上で、20代が殆どだった。当時はラルクやDirが流行っていたので、「それ系の音楽好きな人」という名目で集まったメンバーだったのだが、バンドリーダーでボーカルのKさんはあり得ないほどブサイクで歌も下手だった。

 

他のパートのメンバーもパッとしない中、自分と同じギター担当のヒロヤさん(当時の名前そのまま)だけは、金髪ショートでぱっちりとした目をしており、まるで若い頃のhydeのようなイケメンだった。歳は確か20代中盤だったと思う。

 

さらにギターもとても上手で、練習の合間にはじめたばかりの自分に弾き方を教えてくれたり、エレクトリカルパレードをアレンジしたギター・ソロを即興で弾いてくれたり、とにかく完璧な人だった。

 

僕はもうヒロヤさんの事がすぐに大好きになり、どちらかというとヒロヤさんに会うのが目的で毎月バンドの練習へ通っていた。

 

いつも1~2時間スタジオで練習した後、ファミレスでご飯を食べて解散、という流れだったのだが、ヒロヤさんは中野に住んでいて帰り道が途中まで一緒だった為、よく電車の中で2人で音楽の話や趣味の話をした。

 

といってもヒロヤさんはどちらかというと寡黙な人で、いつも自分から投げかける質問に答えてくれるばかりだった。

 

とある日、いつも通りスタジオ練習の後、ヒロヤさんと2人で帰りながら話していると漫画の話題になり、僕が「○○って漫画(忘れてしまった)面白いですよ」というと、ヒロヤさんは読んだ事が無いといったので、じゃあ次の練習の時に持ってきますね、といい別れた。

 

そして次の練習日。いつも通り帰りの電車の中で「ヒロヤさんにこれ」と持ってきた漫画を渡すと、「ありがとう。よかったらウチよってく?」といきなり誘われた。

 

僕はびっくりしたが、勿論嬉しかったので「いいんですか?」と聞くと「散らかってるけど。。」とヒロヤさんは苦笑いし、一緒に中野で降りてヒロヤさんの住んでいるアパートの部屋にお邪魔した。

 

ヒロヤさんのアパートはお世辞にも綺麗とは言えなかったが、部屋の中にはいると中は薄暗く、アジアン風のインテリアで統一され、お香が炊かれていて、まるでお洒落なお店のようだった。

 

ヒロヤさんは本棚からゴソゴソと1冊の漫画を持ってきてくれて「これ、代わりに貸すね」と1冊の漫画を貸してくれた。リバース・エッジというタイトルの漫画だった。

 

ヒロヤさんは別の棚を漁りだすと何かを持ってきて「吸う?」と明らかにあやしい紙タバコのようなものを勧めてきてくれたが、「だだだだ大丈夫っす!」とビビった僕は丁重にお断りした。それがどんなものなのかは怖くて聞けなかった。

 

相変わらず部屋でもヒロヤさんは寡黙であり、そろそろ投げかける質問がなくなって場をもたすのがきつくなってきた僕は「ヒロヤさん彼女いるんですか?」と聞いた。

 

するとヒロヤさんは「いないよ」と答え、「めっちゃモテますよねでも ナンパとかしないんですか?」と返すと、ティッシュ配りのバイトの最中に、可愛い子がいたら声をかけるぐらいと答えてくれた。

 

その後、いよいよ話す事がなくなったので、じゃあそろそろ自分失礼します、漫画次の練習の時に返しますね、というと、ヒロヤさんは「うん、またね」といって駅まで見送りにきてくれた。

 

それからしばらくしてバンドのリーダーからメールが入り、ヒロヤさんが抜けたとの内容に愕然とした。顔面麻痺と手も痺れてギターが弾けなくなってしまったとの事だった。

 

ヒロヤさん個人とは結局最後まで連絡先の交換をしていなかったので、事の真偽を確かめる事はできなかったが、ヒロヤさんの居ない練習に行くモチベーションなどあるはずもなく、自分も抜けますとリーダーにメールを返した。もうヒロヤさんに会えないのかと思うととても残念だった。

 

借りたままのリバース・エッジは、ボロボロになりながらも今だに実家に置いてあり、漫画を見るたびにヒロヤさんの部屋のお香の匂いを思い出す。